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ブルグ構想を実現させた
倉敷川畔

 

スケッチした場所の地図

 
画:岡 修作

                交 通 :JR倉敷駅より徒歩10分。
                  車:山陽自動車道倉敷インターより10分。
                所在地: 岡山県倉敷市中央1丁目他


倉敷は、古くから港町として集落が存在していました。大阪冬の陣では、松山城主小堀遠州は、倉敷から米13万8千石を家康に送っています。この功績が認められ倉敷は天領となりました。天領地となると、代官所が置かれ商人は、税金などで優遇されたため川畔は一層の活気に満ち繁栄した。当時の荷揚げ場や、大八車のレールとなった石畳、常ま夜燈など積み出し港の特徴的な工作物が現在の保存地区の重要な景観要素となっています。
藩主池田光政の時、大規模な新田開発が行われ、児島と倉敷の間が造成され陸続きとなりました。その中に人工の運河“倉敷川”が誕生し、さらに昭和に入り、水島工業地帯がその沖に埋め立てられ、町は、内陸部に後退しました。
建物の特徴としては町家は、塗り屋造りで、倉敷格子とも称される親付切子格子があります。これは、主に主屋一階の正面の柱間に敷居から内法の間にはめ込まれる大きな格子です。代表的な大原家の住宅は、主屋は本瓦葦、妻側には、付庇をつけているので一見すると入母屋造りの屋根のように見えるが、実は切妻造りです。

倉敷の景観を特徴つけるのに土蔵とその白壁となまこ壁のコントラストがあります。明治に入り西洋の近代化の波に倉敷の商人は積極的に取り組みました。倉敷川畔の水運を利用した繊維産業で再び躍進期を迎えます。父、大原孫三郎の意志を継いだ、大原総一郎は、昭和12年欧州を視察して、ドイツの古都ローデンブルグに感銘し、「倉敷ブルグ構想」を描きました。以後30年あまり、彼の生涯は、精力的にブルグ構想の実現に注がれました。父の残した大原美術館、有隣荘等と共に、倉敷川畔の歴史的景観の核となっています、旅館くらしきの改装、考古館の整備、喫茶エルグレコの改装、美術館の版画館、染色館の竣工、内外の専門家との交流を通しブルグ構想は、実現へ導きました。

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