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商家町と琵琶湖水郷めぐり 近江八幡
画:向井梅逸

             所在地 : 滋賀県近江八幡市新町ほか
            交 通 : JR東海道線 近江八幡駅より近江鉄道バス小幡町下車。
               車 :名神高速道八日市インターより15・

近江平野の中心部、湖東地方にある近江八幡は、6つの表情を持つ、実に多様な味わい深い町です。この6つの側面について順に説明します。
@ヴォーリズ作品群の現存する町です。―池田町洋館街付近
A近江商人の里です。       ―新町2丁目付近 ―
B古代条里制が残る街路計画が残っています。
              ―八幡山城跡を中心とした城下町―
C八幡堀沿い白壁の商家群が散策のスポットです。―八幡堀河岸
D瓦の使い方が提案されています。 ―かわらミュージアムー
E
美しい水郷風景が堪能できます。 ―琵琶湖畔の水郷めぐり―

まず@のヴォーリズ作品群について、
近江八幡は、明治維新後いち早く文明開化の波に乗り、1905年八幡商業学校の英語教師として米人宣教師ウィリアム・ヴォーリズ(日本名、一柳米来留)を迎えました。彼はキリスト教普及の活動資金を得る為、近江兄弟社(メンソレータムを製造)を起こすとともに、建築設計事務所を設立し、各地に多くの名建築を残しました。近江八幡に現存する主な作品は、白雲館、近江兄弟社学園、一柳ヴォーリズ記念館、旧近江八幡郵便局、旧近江八幡YMCA会館及び洋風住宅街にあるいくつかの個人住宅があります。
近江八幡以外では、大丸心斎橋店、神戸女学院、関西学院大学などの作品が有名です。

画:奥間千佐子

Aの近江商人の里について 
新町通りは、アイ・ストップに八幡城跡を仰ぎ
見越しの松が映える近江商人たちの本宅の町です。この町から進取の気性に富んだ商人が各地に行商に出て有名となった近江商人が誕生しました。
中でも「大文字屋」として蚊帳や畳表を中心に行商した西川家は、江戸長者番付にも名を連ねたほどの豪商でありました。この西川家は、現在は市に寄贈され、市立歴史民俗資料館として公開されています。

画:大石茂美

Bの古代条里制について
近江八幡の都市構造の特色は、豊臣秀吉の養子、秀次が湖畔の八幡山に築城し、周囲の低湿地を開発、城下町を築いた時に、古代条里制のシステムを用い土地を掌握し、現在にその形が残っていることです。古代条里制とは、古代国家のもとで、耕地を一定の区画ごとに呼称を付して把握するシステムです。概略は、1町=109mを1辺とした方形の地型を基本としこれを“坪”と称しました。坪を縦、横6個づつ並べた単位を“里”と称し、里を1列に並べた帯を“条”と呼びます。このシステムにより全ての土地を○条○里○ノ坪として掌握する事が可能となりました。そして、縦、横1町毎に碁盤目状に整然と道が造られました。古代の官道である東山道は、南北に約30゜ふれています。近江八幡の町割りも又、南北に約30゜ふれて琵琶湖に対し垂線を引くように造られたみちと、それに直交する基盤目のパターンを、街路計画の基本としています。

C八幡堀に沿って白壁の町並  みが続く商家群は、土蔵が堀の石垣上に並び河岸から石段で蔵へのアプローチが各所で見られ、琵琶湖の水運を活用し大消費地、京都、大坂へ米などの生活物資を北陸等の生産地と結び商いしていたであろう当時が忍ばれます。夕焼けと白壁の商家のシルエットを水面に映し出している光景は郷愁を誘います。