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ー文化庁指定・重要伝統的建造物群保存地区ー

熊野古道の通る
醤油の香りのする町

湯浅町

画:安楽 秀典
スケッチした場所
交 通  車・近畿自動車道→阪和自動車道→国道42号線経由湯浅  
      JR・きのくに線、特急”くろしお”湯浅駅下車                      
所在地 和歌山県有田郡湯浅町

町の中を熊野古道が通る町です。
湯浅は、古代より熊野参詣において上皇や貴族が滞在する宿所でした。中世に入り、熊野信仰が庶民の問にも広まると「蟻の熊野詣」といわれるほど多くの人々が熊野三山へ赴くようになり賑わいました。
せいろミュージアム
まちなみ散策を楽しむように、住宅の窓には、写真のようなせいろに民具や昔のアクセサリー、生活小物を展示しています。
近世の湯浅の産業は、鎌倉時代に伝来した金山寺味噌の製造過程から生まれたといわれる醤油醸造です。紀州藩の保護を受けて藩外販売網が拡張され、文化年間には92軒もの醤油屋が営業していたといわれるほど、代表的な産業となりました。
近代化に伴う新しい施設や道路・鉄道などの整備は旧市街地の周辺で進められたため、近世の形態を受け継ぐ町並みが、今も往時のまま残されています。
近世の湯浅の産業は、鎌倉時代に伝来した金山寺味噌の製造過程から生まれたといわれる醤油醸造です。紀州藩の保護を受けて藩外販売網が拡張され、文化年間には92軒もの醤油屋が営業していたといわれるほど、代表的な産業となりました。
近代化に伴う新しい施設や道路・鉄道などの整備は旧市街地の周辺で進められたため、近世の形態を受け継ぐ町並みが、今も往時のまま残されています。

 

湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区は、旧市街地の北西に位置し東西約400m、南北約280m、面積にして約6.3ヘクタールに及びます。
16世紀末期頃に開発されたといわれる北町、鍛冶屋町、濱町を中心とす醤油醸造業が最も盛んであった一帯にあって、『通り』と『小路』で面的に広がる特徴的な地割と、醸造業関連の町家や土蔵を代表とする近世から近代にかけての伝統的な建造物がよく残されている地区です。
建物の特徴
幕板:庇の下に下げられている木製の板で、雨の多いこの地方独特の装置で、雨水が屋内に入らないようにする工夫です。
虫籠窓:近世〜近代初頭頃の建物の2階に見られる窓で、格子を漆喰で塗り籠めています。単純な四角形か木瓜(もっこう)型に分かれますが、周囲に複線を施した重厚なものなど、様々なデザインがあります。